経営の勘どころとは、過去の経験に裏打ちされた判断基準の一種である。
会社経営は、複雑に入り組んだ周囲の環境や様々な要因によって、論理的な根拠が不足する局面が多々あり、そういう時ほど、社長の勘どころが判断の成功と失敗を分かつ。
この記事では、経営の勘どころを磨く方法について、詳しく解説する。
中小企業の経営者の中には、勘の鋭い社長もいれば、勘の鈍い社長もいる。
鋭い勘ゆえに助かることもあれば、鈍感ゆえに助かることもあるので、勘どころの良し悪しを簡単に論ずることはできないが、こと会社経営に関しては、鋭い勘どころを持っているに越したことはない。
例えば、会社経営において、社長の勘どころを基準にして物事を判断することは良くあることだ。
何といっても、中小企業において経営者は物事を決める人である。
社員が議論を尽くして結論を導き出せなかった難題があったとしても、その答えを今日中に出さなければ会社の業績に関わるという状況であれば、最終的な結論は会社のトップである経営者が出さなければならない。
勘に頼った経営判断は、二者択一、イチかバチか的な要素が強い面があるが、このような局面に遭遇した場合、勘どころの鋭い社長の判断はうまくいくことが多い。
一方、勘どころの鈍い社長の判断は、誤った方向に事態が転がることが往々にしてあるが、果たして、勘の鋭い社長と勘の鈍い社長、両者の差は一体どこにあるのだろうか?
経営の勘どころは過去の経験に裏打ちされた判断基準のひとつだと説明したが、勘どころの根拠となり得る会社経営の経験値は、勘どころの精度に深く関わっている。
当然ながら、会社経営の経験値が高いほど、経営者の勘どころは鋭くなる。
頭の中で、新米の社長と百戦錬磨の社長の「経営の勘」を比べてみてほしい。
いかがだろうか?
両者の間に、雲泥の差があることは容易に想像がつくだろう。
経営の勘どころを鍛えるには、優れた観察力と分析力が不可欠で、ひとつの経験から適宜勘どころを磨くことができる社長は、経験から学ぶ観察力と経験を活かす分析力に優れている。
例えば、なぜ失敗したのか、或いは、なぜ成功したのかをつぶさに観察し、時には手足を動かして正確に本質を捉える観察力が高いほど、鋭い勘どころが養われる。
また、過去の経験を、過去・現在・未来という3つの時間軸の中で、正確に状況分析できる分析力も鋭い勘どころを養う。高い観察力と分析力なくして、鋭い勘どころは身につかないといっても過言ではない。
勘どころに頼った会社経営は危険である。
やはり、勘に頼ることなく経営判断が下せるように、日頃から論理的判断材料を積み重ねる努力が必要だ。
そもそも勘とはビギナーズラックのごとく当たる勘もあれば、猿も木から落ちるがごとく外れる勘もある、当てにならない代物である。
資本力の乏しい中小企業の場合、どんなに優れた技術を持っていようが、どんなに良好な経営状況であろうが、たった一つの誤った経営判断が命取りになることがある。
勘に頼った経営判断は、あくまで最終手段で、日頃の経営判断は、論理的判断材料を優先して、勘に頼らない経営判断を心掛けることが大切だ。
勘どころに頼らない論理的判断材料とは、正しい経営判断を支える根拠情報のことである。
業績が低迷している中小企業ほど、論理的判断材料を蓄積することなく、勘に頼った会社経営に陥っているケースが多いが、例えば、経営者が月次決算書を確認していないケースなどは典型になる。
月次決算書とは、ひと月分の業績が集計された経営資料のことだが、事業活動の結果は全て業績に表れるので、月次決算書ほど会社の経営状況の良し悪しを端的に表している論理的判断材料はない。
月次決算書を無視した経営は、目かくし運転級に危険な行為で、例えると、血液検査や精密検査をせずに、いい加減な診療を続けている医者のようなものである。
このような状況下で会社経営を続けると、ひとつの判断ミスで業績悪化に陥ることは容易に想像できるだろう。
勘どころに頼った経営に陥る前に振り返ってみてほしい。
☑優れた観察力で経験を積んでいるか?
☑優れた分析力で経験を省みているか?
☑論理的判断材料を蓄積しているか?
正しい努力と正しい経験は、確かな自信と共に、経営者の鋭い勘どころを養う。
勘どころが鋭い経営者は、論理的根拠材料が不足していても、正しい決断を下すことが出来ます。なぜ、鋭い勘どころが身に付くのかといえば、それは真剣に会社経営と向き合っているからです。真剣だからこそ論理性の追求を怠らず、絶えず、物事を深く観察し、分析しているのです。だからこそ勘どころが鋭くなるのです。
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