決断疲れとは、決断の精度が低下する症状のことだ。
企業経営は社長の決断の連続で成果結果が決まるので、決断疲れは会社の盛衰を決定づける重要なファクターと言える。
この記事では、経営者の決断疲れの対処法と予防策について、詳しく解説する。
経営者の仕事は決断することと言われるように、すべての事業活動は、トップの決断によって前に進む。
小さな会社ほど重要な決断が社長に集中するので、その苦労は相当なものだが、決断はやる(YES)・やらない(NO)の二者択一だけではない。
決断の根拠が不足していれば、根拠データを求めるのも決断、失敗と分かったらすぐに元に戻すのも決断、結論保留も立派な決断だ。
決断は早いほど良い。わたし自身も数秒で決断するよう心掛けている。とにかく、ライバルよりも素早く決断し、組織の動きをダイナミックに活性化させることが企業繁栄の大原則だ。
一方で、決断には、失敗のストレスが常に付きまとう。
未来を予測することはできても、未来を100%当てることは不可能だからだ。
たとえ百戦錬磨の社長であっても、決断の誤りから、社員や顧客の反感を買い、業績悪化を招くことがある。
すべての決断には、こうしたマイナスリスクがあるが、失敗のリスクを気にし過ぎると、決断のたびに大きなストレスを抱え、決断疲れに陥る。
しかも、こうした状態が長く続くと、決断の精度が低下することが研究でも明らかになっている。経営者の決断ひとつで企業の繁栄が決まるので、会社にとっては由々しき問題でもある。
決断疲れの症状は、経営者の力量や性格によってまちまちだが、一番多いのは、慢性的な疲れから決断の精度やスピードが低下することだ。
こうなると、決断の先送りが増え、会社の成長を阻害する経営課題を頻繁に見過ごすようになる。
当然、こうした課題を見過ごすほど会社の衰退リスクは大きくなる。リスクを解消するための打つ手の選択肢も狭まるので、より難しい決断を迫られる悪循環に陥る。
わたしは企業再生の仕事を数多く経験してきたが、経営者の決断ミスから会社が傾くケースはじつに多い。
景気悪化やライバル台頭等の外部要因で会社が傾くのではなく、社長や幹部の決断ミスによって会社が傾くケースの方が圧倒的に多いということだ。
決断は企業の盛衰を決定づける重要なファクターだ。だからこそ、決断疲れとは無縁でいられる健全な環境やマインドを整えることがとても大切だ。
アップル創業者のスティーブ・ジョブス氏は「決断疲れ」を減らすため、毎日同じ服を着ていたというエピソードがあるが、決断の機会を意図的に減らすために、日々の動きをルーティン化している企業経営者は少なくない。ここからは、専門家の立場から、決断疲れの解消法と予防法を詳しく解説する。
経営環境は刻々と変わる。予測不能な動きも多々ある。誰ひとりとして、市場や顧客の動きを完璧に予測することはできない。
毎年毎年、顧客やライバルが入れ替わり、主力の商品や戦略も変わる。一年として同じ年はなく、毎年が勝負、毎年が勉強だ。会社経営は、これほど不安定な環境のうえに置かれている。
先が見えない環境下で決断を誤ることは当たり前のことだ。失敗を恐れて決断を止めるのではなく、事業活動を前進させるために失敗ありきで誰よりも早く決断し、どこで失敗したのか、何に失敗したのかを正しく把握しながら、失敗するたびに決断の精度を高めることが大切だ。
発明家のトーマス・エジソンは「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。」と言った。
ラグビー元日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏は「失敗した時に必ず学ぶチャンスが訪れ、そこから前進する。失敗して、前に進む。この繰り返しが勝つためのプロセスだ」と言った。
社長業はただでさえ大変な仕事だ。すべての失敗と真面目に向き合っていたら、身体が持たない。失敗を笑い飛ばすくらいでちょうどよいのだ。先人達も失敗しては前に進むの繰り返しで、成功に近づいて行ったのだ。
失敗はいかようにも挽回できる。失敗した社員を叱責したり、失敗を後悔したりするのではなく、失敗を成功の過程と考え、失敗を楽しみ、果敢に決断することが何よりも大切だ。
経営陣に集中する決断の負荷を減らすには、社員に一定の判断基準を与え、組織の自主性を高めると良い。
社員に与える判断基準は、やっていいことではなく、やらないことに軸足を置くと分かりやすい。例えば、自社のNG顧客、NG事業、NG言動等を明快にするのだ。
そのうえで、判断に迷ったり、前例がなかったりした場合のみ決断を仰ぐという意思決定プロセスを敷けば、経営陣の決断の負担は極めて少なくなる。
ビジネスは自由競争なので、やっていいことは無限にある。やっていいことを明快に決めるのは現実的には無理だし、やっていいことを軸足に決断を重ねていたら、経営者も社員も疲弊してしまう。場合によっては、指示待ち症候群やイエスマンを生み出す温床を作りかねない。
一方のやらないことは、意外と少ないものだ。しかも、やらないことには企業風土や経営姿勢が如実に表れるので、やらないことを決めるほど、企業の輪郭や組織の行動原理が明快になる。結果、決断に対するストレスが大幅に軽減される。
ビジネスの現場では、自分の正しさを捨てるほど、最適な決断に近づく。
例えば、自分の正しさを脇に置いて、社員の主張、現場の実態、顧客の要望、専門家のプラン、ライバルの実績など、他者の正しさを受け入れるほど、最適な決断が見えてくる。
できる社長ほど、自分の正しさに固執することなく、より良い考えや新しいアイデアをどんどん取り込んで最適な決断を探求している。
また、独りよがりな決断をしないために、相対的に物事を見る習慣をつけることも大切だ。
例えば、主観・客観、メリット・デメリット、ポジティブ・ネガティブ、ミクロ・マクロ、売り手・買い手、賛成・反対、長期・短期、現実・理想、内部・外部など、
一つの物事を相対的に分析すると、物事がシンプルに整理されて、最適な決断に近づく。客観的、かつ、相対的な根拠に基づいた決断ほど、周囲の反発が少なくなる。
決断の結果は「数字・社員・顧客」のどこかに必ず現れる。
数字が悪化する、社員の不満がたまる、顧客が離れるなどの兆候は決断ミスの典型だ。
こうした兆候を察知した時は、すぐに改善することが大切だ。アクションが遅くなるほど、衰退リスクが大きくなり、対処も難しくなるからだ。
逆に、数字が良好、社員が喜ぶ、顧客が増える等の兆候は良き決断の証拠だ。この場合は、今の決断や成長投資をさらに加速することで、繁栄の基盤がますます盤石になる。
ひとつ注意点をお伝えすると、数字は、売上だけでなく、利益と現金もしっかり観察することだ。売上が増えている一方で、赤字額が拡大することはよくあることだ。
また、会社は現金が無くなった瞬間に倒産するので、現金はしっかり観察しよう。黒字倒産という言葉がある通り、現金の増減に無頓着な結果、倒産する会社は数多にある。
毎月、会社の現金が些少でも増えていれば、日々の決断は正しいと言える。根拠なき決断は疲れを助長するだけだ。根拠を充実させて、決断疲れを吹き飛ばそう。
正しい決断を支える知見は顧客や現場の声だけでない。
数字などの客観的事実、法律などの決まり事、会社経営の原理原則、商慣習やモラル、ライバルの情勢など無限にあるが、どこかの知見に漏れがあると高い確率で決断を誤り、取り返しのつかない事態を招くこともある。
だからこそ、自分の弱点を知っている社長は強い。弱点さえ補えば、決断を支える知見が充実するからだ。
弱点を補う方法は二つある。独学で補う方法と他者の力を活用する方法だ。独学で学ぶことは素晴らしいことだが、確実なのは後者の方法だ。
専門家を活用すれば正しい知見を効率よく習得できるし、特定分野が得意な社員を活用すれば費用をかけずに知見を充実させることができる。
何より、社長には時間的なゆとりがないので、費用対効果を考えても、はじめから他者の力を借りた方が得策だ。社長の知見を補う右腕や参謀が多いほど、決断ミスも決断のストレスも大幅に少なくなる。
決断疲れの大きな原因のひとつに孤独感がある。ひとりで決断し、ひとりで結果責任を背負うのだから、社長の孤独ストレスは相当なものだ。
孤独になるほど、決断に伴うストレスやプレッシャーも大きくなるが、こういう時は、結果を出すために頑張っている社員や会社を支えてくださるお客様に感謝すると良い。自分が独りではないことに気が付き、肩の荷が軽くなるはずだ。
また、決断の成功をみんなで喜び、決断の失敗をみんなでカバーする体制を作るために、常に謙虚であることも大切だ。
どんなに仕事ができても、どんなに大きな成果を上げても謙虚に受け止め、周囲に感謝し、自己鍛錬を怠らない経営者の姿勢は、顧客からも、社員からも信頼され、ひとつの決断が大きな成果を生む、好循環を引き寄せる。
たとえ決断に失敗したとしても、協力の手がやまない。横柄・横暴・横着のスリービサイド(3つの横)を遠ざけ、いつも感謝し、謙虚に生きることが、よき決断、よき結果を生み出す秘訣だ。
経営者には、会社員のように手取り足取り教えてくれる指導者はいないし、過ちを犯したとしても優しく指摘してくれる人もいない。本気で怒ってくれる人も、本気で叱ってくれる人もほとんどいない。
その環境下で、顧客からの信頼、社員からの尊敬、業績の拡大に至るまで、すべてを自分の決断で引き寄せなければならない。決断を誤り、業績が悪化した時は、その責任を一身に背負い、先頭に立って業績回復に努めなければならない。
それが、会社のトップに君臨する経営者の務めだ。
しかし、社長業を恐れる必要はない。大事なことは、社長の覚悟を決めることだ。
覚悟さえ決まれば、すべての決断を自分の責任で下せるようになる。たとえ失敗したとしても、周囲や社員のせいにすることがないので、失敗が成功に転換し、さらには、周囲や社員から信頼される。
また、覚悟が決まれば力量を高めるために謙虚に学ぶ。分からないことがあれば素直に教えを請う。助けが必要な時は、周囲に助けを求め、支援者や指導者に恵まれる。
そして、社長の力量が上がるほど、周囲に尽くし、恩返しするので、社長業がますます楽しくなる。社長の覚悟が、その後の決断の質を支配する。つまり、決断の成功は覚悟で決まるのだ。
わたしが決断を後押しする際に気を付けていることは、延命処置的な対処療法に陥らないことだ。
経営者が自主的に決断できる環境を整え、決断の精度が向上するよう全力を尽くす。だから、絶対に依存関係は作らず、いかなる時も社長のサポート役に徹する。決断の選択肢や方向性は一緒に考え、最終決断は社長に任せるのだ。
決断するほど社長業の経験値が高まり、その経験値は巡り巡って決断力をさらに磨く。この繰り返しが、社長の力量だけでなく、風格や威厳をも高める。周囲に助けてもらいながらでも、最後は自分の力で決断する癖をつけることが、その後の成長に大きな影響を及ぼすのだ。
もう一つ、今ココに全集中することも忘れないようにしよう。今すべきことを一切後回しにせず、すぐやる、必ずやる、出来るまでやるが徹底されると、会社の成長スピードは確実に加速する。
明日やる、そのうちやる、条件が揃ったらやるなどの成長志向に欠けた決断がなくなるので、社員の能力開花のスピードや成果を生み出すスピード感も極めて速くなる。また、会社衰退の元凶となる油断や怠慢などの言動もシャットアウトされるので、日を追うごとに経営基盤が強固になる。
さらに、今ココに集中すると、過去や未来にとらわれない柔軟な発想で決断できるようになる。天災や経済不況などで先が読めない経営環境に陥ったとしても、今コントロールできることに全集中できるようになる。
周囲の状況が好転するのを待つのではなく、先手必勝の決断が定着するので、目の前の状況がどんどん好転する。ビジネスは先見の明があるから成功するのではない。結果が出なくても、成果に恵まれなくても、今この瞬間を一所懸命に生きるから成功するのだ。
しんどい時はもちろんだが、決断に迷いが出た時や悩みが生まれた時ほど、今を大切に扱い、いま目の前にいる社員やお客様にとってベストな決断を心掛けてほしいと思う。良き決断をコツコツ積み上げれば、会社の未来は確実に明るくなる。
ビジネスコンサルティング・ジャパン(株)代表取締役社長 伊藤敏克。業界最大手の一部上場企業に約10年間在籍後、中小企業の経営に参画。会社経営の傍ら、法律会計学校にて民法・会計・税法の専門知識を学び、2008年4月に会社を設立。一貫して中小・中堅企業の経営サポートに特化し、どんな経営環境であっても、より元気に、より逞しく、自立的に成長できる経営基盤の構築に全身全霊で取り組んでいる。経営者等への指導人数は延べ1万人以上。主な著書「小さな会社の安定経営の教科書」、「小さな会社のV字回復の教科書」