中小企業問わず、全ての法人の役員報酬の決め方には法的なルールが敷かれている。
しかし、役員報酬を決める社内ルール、或いは、役員報酬の相場に関するルールは特段なく、その不透明さが原因で、社長の悩みや社員の不満を招いているケースもある。
この記事では、役員報酬の基本的な決め方、役員報酬の税額シミュレーション、並びに、中小企業の公平な役員報酬相場を計算する方法について、詳しく解説する。
役員報酬の決め方には、法的(主に税法)なルールが敷かれている。
役員報酬の金額は「定額同額支給・期首から3ヶ月以内に決定」、役員報酬の決定手続きは「株主総会の決議・社会保険や住民税等の源泉徴収手続き」が基本ルールになっている。
まず、役員報酬の金額は、税法によって定期同額支給と定められているので、役員報酬の支払金額は事業年度の期中で変更することができない。
なぜ期中変更ができないかというと、期中での変更を認めると恣意的な利益操作が出来てしまうからだ。
たとえ、期中で役員報酬の金額を増減変更したとしても、原則、全て税法で否認(※1)されるので、その増減分の役員報酬は経費で認められない。
そして、役員報酬の支給金額の変更は予め株主総会の決議で決定する必要があり、支給金額の変更時期は事業年度開始、期首から3カ月以内と決まっている。
また、役員報酬の金額が決まったら、社会保険や源泉徴収の諸手続きを行うことも忘れてはならない。
なお、役員報酬の上限額は法的には定められていないが、明らかに不当に高額な役員報酬に関しては、税務署から否認されることがある。
※1 否認とは費用として計上が認められないということ。例えば、会社が100万円を経費計上していても税務署に否認されたら、100万円は経費にならず、利益、いわゆる所得としてみなされ、その所得に課税される
中小企業の役員報酬の相場と決め方の実態は様々ある。
一般的には、社長の役員報酬は月額100万円、役員報酬の決め方は社長の独断が多い。
そして、多くの中小企業は、オーナー兼社長であることが一般的なので、役員報酬の決め方や相場に関する社内ルールはない。
そもそも、会社のオーナーは、自身の役員報酬の金額を自由に決定することができる。(夫婦で役員を務めている場合は、かなり高額な役員報酬を手にすることも可能になる)
また、オーナーの持ち株比率が100%であれば、第三者に対する経理帳簿の開示義務がないので、他人に詮索されることなく、際限なく役員報酬を引き上げることもできる。
このような背景もあり、大概の中小企業経営者は、法人税と所得税の税額(税負担)をシミュレーションしながら、独断で役員報酬の金額を決めているケースが圧倒的に多い。
役員報酬を決める判断基準の一つに税額シミュレーションがある。
役員報酬に課せられる所得税は累進課税で最大税率45%、一方の、法人所得(当期純利益)に課せられる法人税の実効税率は約30%である。
下表は、役員報酬の金額に応じた所得税率の早見表になるが、ご覧の通り、役員報酬の課税所得が1,800万円を超えると、中小企業の実効法人税よりも税負担が重くなる。
課税所得金額 |
税率 |
控除額 |
---|---|---|
195万円以下 |
5% |
0円 |
195万円超え 330万円以下 |
10% |
97,500円 |
330万円超え 695万円以下 |
20% |
427,500円 |
695万円超え 900万円以下 |
23% |
636,000円 |
900万円超え 1,800万円以下 |
33% |
1,536,000円 |
1,800万円超え 4,000万円以下 |
40% |
2,796,000円 |
4,000万円超え |
45% |
4,796,000円 |
(2021年10月現在の所得税率表)
オーナー社長の場合は、役員報酬を際限なく引き上げることができるが、税負担を軽くして会社に財産を残すか、或いは、税負担を重くして個人財産を増やすかの選択は、役員報酬を決める一つの基準になる。
中小企業は、役員報酬の決め方の自由度が高い分、決め方なり相場感に不透明さが残る。
不透明な役員報酬の決め方が招く弊害は様々あるが、社員のモチベーション低下等は典型になる。また、高額な役員報酬を貰うことで行き過ぎた節税に固執していると成長投資が鈍化する弊害もある。
社員のモチベーション低下と成長投資の鈍化は、安定経営を阻害する極めて危険な衰退リスクになる。
一代限りの会社経営であれば問題ないが、会社の永続性を確立する気のある経営者であれば、役員報酬の決め方や相場の透明性を高め、健全な経営基盤を整える意識を持つことが大切だ。
中小企業の公平な役員報酬相場を計算するには、何かしらの報酬分配基準が必要になる。
役員報酬の分配基準があれば、役員報酬の決め方の透明性が高まるだけでなく、自身の役員報酬の妥当性を検証することできるし、社員に対しても役員報酬の公平性を示すことができる。
役員報酬の分配基準としておススメの指標は「付加価値配分比率」になる。付加価値とは、役員と社員の報酬原資のことで、総人件費+営業利益で計算することができる。
この付加価値を一定の配分比率に応じて、役員と社員の間で公平に分配することができれば、役員と社員の間に公平な報酬決定の計算ルールが確立できる。
付加価値配分比率を活用して役員報酬を決める場合は、第一に会社の付加価値金額を求める必要がある。
付加価値=総人件費+営業利益
※総人件費を集計する際は、役員報酬、給与、賞与、雑給、福利厚生、法定福利費、支払報酬、支払手数料(謝礼等)、等々、あらゆるヒトへの支払が対象になる
※付加価値に減価償却費を含める見解もあるが、減価償却費は分配可能な所得金額ではなく、再投資の原資である。従って、減価償却費を付加価値に算入することは適当ではないと考える
【関連記事】会社の付加価値の計算方法と拡大方法
会社の付加価値を「付加価値分配比率」に応じて、公平な役員報酬を決める具体的計算方法を詳しく解説する。
例えば、下記のような損益比率の会社があったとする。
売上総利益 | 総人件費 | その他経費 | 営業利益 |
---|---|---|---|
100% | 40% | 50% | 10% |
この会社の付加価値は、総人件費40%+営業利益10%で、売上総利益の50%相当になる。
この場合の役員と社員の付加価値配分比率の適正基準は以下の通りになる。
社員60% : 役員40%
この適正基準を用いて付加価値の配分を計算すると、
社員:付加価値50%×60%=30%
役員:付加価値50%×40%=20%
となり、会社の付加価値50%を、社員30%:役員20%で分配することになる。
役員の場合は、さらに、20%を役員報酬(10%)と会社利益(10%)に分配するので、役員の最終的な報酬は、付加価値の10%が妥当かつ適正な金額ということになる。(20%を総取りすると利益がゼロになるので最低でも折半する事)
例えば、付加価値が5億円であれば、5億円×10%で、役員の報酬は5千万円、付加価値が10億円であれば、10億円×10%で、役員の報酬は1億円になる。
公平な役員報酬を決める具体的計算方法を、別のケースで詳しく解説する。
じつは、この付加価値配分比率の適正基準は、会社の損益の内容と共に変化する。
例えば、人件費の割合が高い労働集約型の会社で、下表のような損益比率の会社があったとする。
売上総利益 | 総人件費 | その他経費 | 営業利益 |
---|---|---|---|
100% | 70% | 20% | 10% |
この会社の付加価値は、総人件費70%+営業利益10%=売上総利益の80%相当になる。
この場合の役員と社員の付加価値配分比率の適正基準は以下の通りになる。
社員75% : 役員25%
この適正基準を用いて付加価値の配分を計算すると、
社員:付加価値80%×75%=60%
役員:付加価値80%×25%=20%
となり、会社の付加価値80%を、社員60%:役員20%で分配することになる。
役員の場合は、さらに、20%を、役員報酬(10%)と会社利益(10%)に分配するので、役員の最終的な報酬は、付加価値の10%が、妥当かつ適正な金額ということになる。(20%を総取りすると利益がゼロになるので最低でも折半する事)
先の例と同じく、付加価値が5億円であれば、5億円×10%で、役員の報酬は5千万円、付加価値が10億円であれば、10億円×10%で、役員の報酬は1億円になる。
このように、付加価値配分比率を活用して役員報酬を計算すると、会社の付加価値の増減に関わらず、社員と経営者の間に公平な報酬分配の仕組みが作れる。
役員報酬決定の公平性と透明性を保つには、ベストの計算方法といえるので、自社に適した「付加価値分配比率」を探って、運用してみてほしい。
この計算方法で算定した役員報酬金額は、経営者ひとりの役員報酬ではなく、取締役(経営陣)全員の役員報酬の総額を意味している。また、目標営業利益水準によって適正な付加価値分配比率が変わるので、その点、留意してほしい。
役員報酬の基準となる役員と社員の付加価値配分比率の適正表(目標営業利益=粗利高営業利益率10%)は下表の通りになる。利益水準、並びに、会社の労働分配率に応じて、役員と社員の適正な付加価値配分比率が変わるので、その点、留意してほしい。
付加価値 |
100 |
100 |
100 |
100 |
100 |
---|---|---|---|---|---|
社員 |
75 |
71 |
67 |
60 |
50 |
役員 |
25 |
29 |
33 |
40 |
50 |
人的投下 |
労働集約型 |
準労働集約型 |
標準 |
標準 |
資本集約型 |
労働分配率 |
70% |
60% |
50% |
40% |
30% |
【関連記事】労働分配率の計算式と適正水準
付加価値配分比率を基準にした役員報酬の計算方法を紹介したが、最後に、役員報酬と社員給与の上限バランスについて解説する。
会社に大きな利益をもたらしたからといって、際限なく役員報酬の上限を引き上げても良いのかというと、答えは否である。
なぜなら、役員と社員の報酬格差が大きくなりすぎると、嫉妬や妬みなどの不平不満が蔓延し、経営者の求心力が著しく低下するからだ。
一般的には、役員と社員の報酬格差が20倍を超えると、役員報酬に対する社員の不平不満が生じやすくなると云われている。
従って、役員報酬の上限は、社員の最低年収が250万円であれば、役員報酬(同族会社の場合は役員家族の報酬総額)5,000万円以下という金額が、上限バランスの適正ラインになる。
一方の社員給与は、年齢の20倍を上限にすると、報酬に対する満足感が最もピーク値に近づくと云われている。
従って、社員給与の上限は、社員の年齢が30歳であれば、年収600万円という金額が、上限バランスの適正ラインになる。
役員と社員の双方が満足のいく報酬を手にするには、一致団結して、報酬の源泉となる会社の付加価値を拡大することが大切だ。
役員報酬を何となく決めている中小企業は多く、月額百万円という役員報酬が相場的に一番多いです。実は、合理的計算ルールのない役員報酬が原因で、利益減少や社内不和に陥る会社は少なくありません。社員との人件費バランスの悪化や成長投資の鈍化を招くからです。私欲抑制のためにも、客観的基準を掲げてみてください。